unus代表河崎憲二さん

『アナス』とは、大分市中心部の路面店に特化した情報を、独自の目線と自身の交友関係を生かして立ち上げられた地域密着型のフリーペーパーである。その一方で、農作業やDJなど趣味は多彩であり、とりわけDJに関してはFM中津やTOSスパークオンウェーブに出演。多忙な日々を送る河崎さんに話を伺った。

――:いつもアナスを拝見させていただいてます。今回は宜しくお願いします。
河崎憲二さん(以下、河崎):はい、宜しくお願いします。
――:河崎さんって大分市出身なんですか?
河崎:出身は臼杵市なんですよ。小さい頃にこっち(大分市)に越してきて。
――:じゃあ、ずっと学生時代は大分で。
河崎:ですね。まあ、大学は鹿児島県の鹿屋体育大学ってところに行ってましたけどね。
――:ん?体育大学って、今とは随分イメージ違いますね。
河崎:ええ、よく言われますよ。大学の頃はサッカーばかりやっていて、よく「体育教師になるぞ」って言ってたんですけどね。今とは全然違うっていう頃です(笑)。
――:ハハ。でも現在、デザインされているということはスポーツ以外にも絵が好きだったり、写真が好きだったりってあったんでしょ?
河崎:う~ん、そういった訳ではなかったですね・・・、直接デザインに関わるって事はなかったかな。どちらかというと、その頃って体育会系でしたからサッカーばっかりでしたよね・・・でも高校生の頃から、音楽が好きだったり、友達が洋服屋さんをやっていたりで、何かしらデザインという物に触れる機会があったんだと思います・・・・でも、関係ないですけど昭和51年生まれって大分の中心部で働いている人が多いんですよ。
――:そうなんですか。
河崎:ええ。でもまあ、ちょっと変わっているタイプが多いです(笑)。なんていうか、独立心が強いっていうか・・・起業するタイプが多いというか・・、僕なんか就職氷河期の世代っていうのもあるとは思うんですけど。
――:あーなるほど。
河崎:だから、デザインに関しても学生時代に勉強した訳ではなく、自分を取り巻く環境がそうさせていったところがあるとは思います。趣味が高じてパソコンを買ったこと、それがデザインにのめりこんだきっかけだったと思います。
――:学生時代に夢中になるっていったら、スポーツ以外に音楽があったんですか?
河崎:そうですね、DJをやってましたんで。
――:最初からクラブ好きだったんですか。
河崎:いや、最初はロック好きでしたけどね。ニューウェイブとかにハマって・・XTCとか・・ディーヴォとか。それからジャズにもハマって色んなジャンルを聴くようになったかな?・・僕が10代の頃はバンドの方が好きな人が多かったと思います。
――:ロック好きが多かったんだ。
河崎:だけど、ハタチを過ぎたら逆転して・・・当時から街で働いている人だとか、年上の知り合いが多かったんですよ。当時からクラブは4~5軒あったし、同世代でもクラブ好きな人は多かったっていうか・・・DJをやるきっかけは、そういった人達と出会ってからですかね
――:うんうん。
河崎:他にも「パルコ族」とかいて。